万葉言葉の町

万葉集言葉は万葉集の詠われた地域に多く残る言葉です。

意外と漁師言葉に多く見ることが出来ますが、仮名の読替のみならず、方言にも数多く含まれています。

また、地名にも数多く含まれ、大王町の難読地名の多くは万葉仮名で正しい発音が出来ます。

 

方言に見る万葉言葉

大王町には古い言葉がかなり残っています。その多くは万葉言葉。万葉集を読むとき参考にすると意外と言葉の意味が見えてきます。

あやし

おかしい。 辻褄が合わない。 通常は「あやしなー」と使う。

あばばい

眩しい。 ここ以外では四国愛媛県でも使われています。

いさな

鯨。 現在では殆ど使わなくなった言葉です。

いや

やっと。 「いやっとこさっとこ」などと使う。

今し

「先ほど」という意味。典型的な万葉言葉。

よさり

夜のこと。このほかの地方では長崎県唐津市などでも使われています 。

おがい

クロアワビの事で、「御貝」、つまり「神宮への献上品のアワビ」の意味です。

ゴケンジョ

トコブシの事で、「御献上」、「神宮への献上品のトコブシ」の意味です。

ナブラ

魚の群れ、「なぐれ」が変化した物です。「な」は魚の万葉仮名です

〜なー

「聞いた」 文法表現。強調する意味で使われる 文法表現。同意を求める意味で使われる 文法表現。 呼びかける 文法表現。 

〜ら

その地域に住む人、家の人など複数の人を表す文法表現。

らし

 らしい 「新しい」→「新し」   〜なーらし ー 「他人に聞いた」 文法表現。

あざ

漁、万葉集の地域にのこる代表的な万葉言葉です。

〜れる

〜してしまった。 過去形を表す万葉言葉。 「あざれる」・・古い漁の魚

〜かれ

其れ、万葉集の地域にのこる代表的な万葉言葉です。

しゅいー

酸っぱい 万葉集の地域にのこる代表的な万葉言葉です。

おおきんな

典型的な万葉言葉で「ありがとう」という意味です。志摩市全域で使われていますが、この他、宮崎県などでも使われています。

すっさき

大掃除の事です。煤払いを万葉言葉では「すすさき」。これが訛り「すっさき」という具合です。

なぶら

魚の群れの事です。魚を「な」と読みます。「群」を「ぶ」、これに複数形を表す「ら」を付けて「なぶら」。

あざれる

古い魚を指します。「あざ」が万葉言葉で「漁」。「れる」が「古い」という表現。「古い漁の魚」という意味です。

かづく

潜水漁の事です。 「ともかづき」という日本版ドッペンゲルガの伝承もあります。

 


古い言葉で作られた名前

古い言葉にはちょっとしたお約束事があり、名詞の場合、万葉仮名や独特の発音がされる場合が多々在ります。

最も多い例が、「ん」を入れる発音。例えば「蜻蛉」。「とんぼ」と発音しますが、「ん」を抜けば「とぼ」。「と」は「飛ぶ」。「ぼ」は「穂」と考えれば昔の人の想像力豊かなところが見えてきます。

2文字目に濁音が入ると濁音の前に「ん」を入れることがお約束事に為ります。

江戸時代からの名詞にはこの様な発音形式は殆ど影を潜めてしまいますが、奈良、平安期には数多く見受けられます。


万葉仮名の地名

大王町には数多くの万葉仮名の地名が残されています。大抵は難読地名ですが万葉仮名で読むことが出来ます。

宝門・せんど・はせど・米子・ゆご、須賀、須場、老

「宝門」はその昔、ホンダワラを表す「穂衣」と書きました。何れも万葉仮名そのもので「ほも」と読みます。万葉集の時代、ホンダワラは玉藻と書かれ、この地域の産品でした。万葉集にも数多く登場します。伊勢行幸の歌に「釵(くしろ)纏(ま)く手節(たふし)の先に今もかも大宮人の玉藻苅るらむ」とあります。手節は現在の答志島とされていますが、手節を「手首」と見れば、釵はブレスレットの事ですから、「ブレスレットをしている手の先で今日も帝にあげるホンダワラを飼っている」という読みになります。

でも、このホンダワラ、食べることは出来ません。何に使うかというと、実は神社などの神馬の餌というわけです。これはこの地域の伝説にも登場し、志摩町御座や浜島町の名前の由来ともなった神功皇后に関係しています。三韓征伐の際、馬が弱り、それ力付けるため、ホンダワラを食べさせたところ馬が元気になったと言うことに由来しています。

「せんど」は「船頭」が当て字されたものと思われますが、隣の「はせど」から元が推察できます。万葉集の時代の日本語には「トンボ」の様に2文字目に濁音がある場合、その前に「ん」を入れることが多用されています。「せんど」から「ん」を抜けば「せど」つまり、万葉集の時代では「波と岩」、さらに隣の「はせど」の「は」は傍らという意味になり、「せどの浜の傍らの浜」という意味になります。

米子の古名が「ゆなご」、その隣が「ゆご」、「ゆ」は暖かい潮だまり、「ご」が万葉言葉で静かな海を指します。

須賀は記紀神話で素戔嗚尊が住んでいた場所についた地名で須場は砂場です。

老は大井が変化した物ですが、更にその昔、王位が変化した物です。万葉集の時代には、多くの人が住んでいたと見られています。

波切、名田、船越、畔名

波切は飛鳥時代、魚切。奈良時代には名錐。平安時代後期には菜切。室町時代には「浪切」、江戸時代に「波切」と読み仮名は「なきり」ですが時代毎に名前を変えていきます。

名田、船越は名錐の支村とされ、畔名、波切と船越の境付近に神宮の荘園がありました。

大王

大王町の名前の由来ともなった大王。この大王は奈良時代に遡る事が出来ます。国府を訪れた役人が岬の先端を指し、何という名前かと尋ねたことに由来すると言われています。「台尾」など台地の尾根を指す言葉のようでしたが、何時しか「大王」と記述されるようになりました。「大王」とは飛鳥時代の「天皇」を指し、それ以降は「天皇」と呼び名が変わります。

現在の老が王位であったため、王がそのまま当て字された物かも知れません。この場合の王位は天児屋根命を指します。