船越神社の新年

この祭りは、新年を祝う船越地区の祭りです。
実際に始まったのはいつかは判りませんが、波切地区同様、かなり古い祭りであることが伺えます。祭りの際に名乗る文言は波切地区とかなり近い文言となっています。室町時代以降は地頭と呼ばれる豪族が台頭しますので、地区が分断される形となります。その為、室町時代以前に行われていた行事で有ることが伺えます。

この形式の行事が行われるのは、波切、船越、名田、畔名など大王町に限られ、丁度、志摩国英虞郡波切郷の地域に相当します。船越はこのうちの、名錐郷舟越里に相当します。

大晦日の夜、午後11時半頃船越神社の境内にてこの行事は始まります。 神社の境内は明かりがともされかなり明るくなっています。

境内横の運動場では松明が焚かれ、その松明につられ多くの人が集まります。 午前0時頃にはかなり多くの方でごった返します。


北斗の木

当日人々が集まった午前0時頃、船越地区の旧家の方が提灯と注連縄をもち、船越神社に訪れます。


新年の始まり 火祭りの始まり

ここで、大声で「新しきの・・」と境内に集まった人々に新年の到来を告げる歌を相互に数回詠います。 これが終わると一斉に初詣が始まります。

この歌は波切地区の名乗りに詠われる歌と似ています。

「新しきの」が始まっている頃、船越の前浜では多くの稲藁を燃やし、トトツリアイ行事の準備を始めます。 トトツリアイのトトは魚を意味し、「魚釣り逢い」と言う意味です。

燃やす藁の数は数え切れないほど数メートルの山になって準備されています。女性の装束をした若者達が燃やし終えた稲藁に一斉に竹を突っこみ高く跳ね上げます。 10m以上の高い火柱ができます。

火の粉は冬の季節風にあおられ火の粉のカーテンを作り出します。 この行事が終わると新年となります。