神風と伊勢志摩

神風という名が初めて登場するのは日本書紀に遡ります。

「神風の 伊勢の国は 常世の波の 敷き波の帰する国 方国の 美し国なり この国におらんと欲ふ」という天照大神の言葉にさかのぼります。

「神風」と書いて「かむかぜ」と読みます。志摩はその昔、「伊勢の島」と呼ばれ、伊勢国の一部と見られていました。

常世は海の向こうにある国。龍宮やニライカナイといった感じのものです。

伊勢志摩には竜宮伝説など海に纏わる伝説が数多く存在します。

大王ではだんだらぼっちの伝説が生まれるなど風や波に絡むものが多数存在します。

志摩半島南岸の浜の多くは荒波に削られ、その姿を年々変化させて行きます。

「一生、絵を描いても浜の風情が変わるため書ききれない」それが志摩の浜の風景です。


神様の名前の浜

老の浜は神様の名前を貰った浜です。

もとは「王位の浜」。この王位とは「天児屋根命」の事です。後に「大井」、「老」へと名前が変わっていきました。

天児屋根命と言えば、藤原氏の先祖と言われています。

名乗り行事で「藤氏さいわいさいわい」というフレーズが藤原氏の末裔の名残といわれています。

さらに天児屋根命は天の岩戸で祝詞を唱えた神様です。

波切の人たちは、市内磯部町にある天の岩戸(神宮所用地)を再興した人たちでもあります。

古くから伊勢神宮とは切っても切れない関係にあったようです。

大王崎近辺にはこの様な浜や浜の名前が多数残っています。

風景とともにご紹介しましょう。